ピアノ協奏曲第20番二短調 1
モーツァルトがザルツブルクの大司教と二度目の衝突を起こし、ウィーンで独立したのは二十五歳の一七八一年のことである。
その頃のモーツァルトは天才ピアニストとしてウィーンでもてはやされ、あちこちの貴族の邸に招かれて演奏したり、弟子がいろいろできたりして生活は裕福だった。
モーツァルトはそうした音楽会で弾くために、明るく、イージーリスニングで、人の耳に快いピアノ協奏曲を作っては発表していた。
ところが一七八五年の二月に発表したこの二短調のピアノ協奏曲で、彼は禁を破り"自分に真実な"音楽を書いてしまう。